〜long as grass grows,water runs

naritabrian.com


札幌2歳S、ナリタブライアンここにありき。

Posted on 07/10/2010 00:52 by なわでいず
101002_2札7札幌2歳S_オールアズワン_ウイナーズサークル02

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このごろ楽しんでいるTwitterで前夜は狂ったようにうざいツイートを繰り返し、眠れない夜を過ごした。

『9年前、マイネヴィータの2着に泣いた忘れ物を、おじいちゃんとなったナリタブライアンが獲りに戻ります』

10年もお待たせしてしまいました。

ブルードメアサイヤーではございますが、黒鹿毛を引き継いだオールアズワンの重賞制覇によります、ナリタブライアンの重賞初制覇にあたりまして‥‥‥

どれだけふざけようと努めても嗚咽もれるから、もうやめとく。

ネオユニヴァースの牡駒、オールアズワン。

母馬のトウホープログレスは、大久保正陽厩舎で走った、ナリタブライアン産駒。

ウイナーズサークルに移動する人は、たぶんアドマイヤセプターが勝つよりも少ない。

むしろそれを幸いと、ゴール板前からウイナへ走り、最前列に陣取った。

ブライアンにまつわる何かが起こると、空を見上げる癖がある。それも幸いと、クセのようにわざと空を見上げて、こらえきれない水分を、秋風に乾かしてもらった。

10年間も夢見た、ナリタブライアンの父としての重賞制覇。

残念ながらその夢はかなわなかった。

2001年。札幌でデビューして、芝1800m新馬戦を快勝。札幌2歳ステークスへ駒を進めたナリタブライアンの2世代目にしてラストクロップとなった牝駒マイネヴィータは、ヤマノブリザードの2着に泣いた。

ヴィータのこの札幌2歳S2着、そして牡馬クラシック三冠を完走したダイタクフラッグの皐月賞4着、クラシックへの出走にこぎ着けるべく本賞金を稼ぎ出した毎日杯2着が、「父・ナリタブライアン」の実績だった。

毎年8000頭も生産されるサラブレッドの頂上決戦に出走できるだけでもどんなに立派なことかを痛いほど思い知り、彼らにノドがツブれるまで声援と、惜しみない拍手を送った。

どれだけ削っても長文は免れなかった…まったくの私事を。

(ぜんぶ私事でしたわね、おほほほ)

ナリタブライアンのラストクロップたちのクラシックが終わった2002年暮れころから力尽きたか、競馬からフェードアウトしようとしていた。

身体はもちろん、心がくたびれたのかもしれない。

年間36回、牧場見学をした年があった。
札幌開催を皆勤賞だった年があった。
ウイングアローを追いかけまわった。ドバイも行く予定だった。回避と同時にフライトをキャンセルした。ナリタブライアン産駒のデビュー、初勝利、クラシックまでのG1レースは、すべて現地へ駆けつけた。産駒応援幕は、誰よりも最初に掲示した。たくさんの人がよくしてくれた。自分の馬も追いかけてくれたからと、他所様のブライアン産駒の応援に京都へ行ったわたしに某馬主さんが馬主席を用意してくださり、株主優待で宿をとってくださり、おいしい夕飯をごちそうしていただいた。南井克巳騎手のラストライドを見届けに阪神・中京と遠征した。南井厩舎の初勝利・初重賞勝利・初G1勝利を現地で観戦していた。中1週で京都へ行ったことも、府中へ連闘、府中から連闘で阪神遠征をしたこともある。
当歳のとき「デビュー戦は観に行くね」と約束した牝馬がいた。小倉だったらどうしようと笑っていたら、シンガポールでデビューした。約束は果たした。2度。メイドンを観に海外遠征するヤツがどこにいるかとさんざん言われた。競馬雑誌をあさり、生産者向けの飼料や血統に関する冊子や書物を読みふけった。新種牡馬から牝系から記憶の引き出しにぎっしり詰めこみ、某調教師は驚き、生産者に笑われた。調教師の講演会にも出向いた。スカウトを受けた。

夏は開催に日参するために、急に友人たちとの付き合いが悪くなった。できた競馬仲間とつるんでばかりいた。楽しかった。競馬という共通項をもつ人たちと語らう時間が最優先だった。

身体と経済力の限界までは際限なく、生活の中心は競馬だった。

あまりにも必死だった。

そこまで没頭せずとも楽しめる軽いレジャーとして、競馬を捉えられる自信がなかった。

ナリタブライアン産駒を多く見られる場所は、牧場から競馬場にシフトしていった。ともなってわたしも移動していった。

2001年からナリタブライアン産駒は競馬場でしか見られなくなった。牧場見学の頻度が落ちた。

2003年秋には妊娠、つわりがひどく、点滴を受けに通院することすらままならず、競馬どころではなくなった。毎日死ぬことばかり考えていた。這いつくばって札幌競馬へ行ったのは、ビワタイテイのJRA最後のレースだった。

2004年春には息子が生まれ、つわりはおさまったものの、いきなりひとりで暗中模索の子育て。やっぱり競馬どころではなかった。テレビで観るコスモバルクが、わずかな光だった。

少し生活のリズムが整ってきて、わたしはたくましくおばちゃんになってきた。けれども体力は反比例で落ちていて、競馬場に通う頻度は昔のような「今年度皆勤賞」なんてあり得なくなった。牧場見学もまた、ほとんどしなくなった。馬券はIPATでちょこちょこ買う程度。中継に気がついたらなんとなく観るだけで、グレードが高いレースを選んだわけでもなく、京都新聞杯の開催時期に驚いたりもして。

コスモバルクらが細々とつなぎ止め、ウオッカが呼び戻してくれて、今のわたしなりの楽しみ方が確立してきて、まだ日が浅い。このころの記憶の時系列はぐちゃぐちゃ。

だから先日、ソングオブウインドに会ったときも、帰宅して調べるまで誰か知らなかった。
長く走った馬じゃないと、もはやわからなくなっている。

競馬とは、記憶のゲームであり、血の記録であり。

生産者用の配合リストで、どの牝馬が誰をつけられたか下調べしていた。牧場で出会った当根っ仔や、新馬戦で好きな馬ができる。彼らを追いかけ、クラシックが楽しくなる。クラシックに間に合わなかった仔が古馬戦線に乗っかってくると、「よくぞやってきた」とうれしく思った。思い入れが強いほど、下級条件でも見逃さなかった。

そんな仔たちが引退して、送り出してくれた仔どもを競馬場でまた出迎える。それが最高の好循環だった。競馬の醍醐味を謳歌していた。

今では、定期的に会いに行くのは、遺体と去勢馬。残された血脈が細々とでも競馬場に出てきてくれることをささやかに祈るのみ。

仕事と家事と育児の両立は、器の小さなわたしにはギリギリで、大好きな映画だって去年が産後はじめて。これ以上は自分の趣味に捻出できる時間などない。また加減せずに没頭すれば何かを犠牲にしてしまう。

どこかで、もうこれでいいと思っていた。

思い出を振り返るだけで胸がいっぱいになれる。

競馬場からあがってきた宝物たちだけで、両の腕からあふれるくらいだ。

好きな馬たちは出走するだけでも幸いと思ったけれど、負けたらやっぱり悔しかった。

種牡馬になれたブライアン産駒がいないことに傷ついた。
必死に応援するぶん、負けるといたく深手を負う性質だった。

もう、傷つくのは怖い。

何か大切なものをみつけると、いつかやってくる別離へのカウントダウンに憂える嫌な癖。

出会うよろこびより、失う日の到来が怖い。

新たな宝物など増やしてはいけないのだ。

ナリタブライアンの孫には期待をしていたけれど、実際に観られたことは、ほとんどない。新馬戦は出馬すら、確認することがなくなっていたから。ヘタに2歳戦に盛り上がっては、クラシックが楽しくなってしまう。

ひどい話で、オールアズワンが札幌で新馬を勝っていたことは、東京に住むナリタブライアンファンの友人から聞いた。あれ、札幌2歳Sに出走するかな、と思った。

登録があった。盛り上がりすぎそうな自分を牽制した。ナリタブライアンの孫が出走するという現実だけでもすごくうれしいのもまた事実。そこまででおしまいにしようと、こっそり思った。

眠たい目をこすって、血統を比較していく作業を繰り返した。

ネオユニヴァースが期待されている種牡馬であることは知っている。ナリタブライアン牝駒がそれなりの種馬をつけられる期待はしていた。当時最高額のシンジケートが組まれた種牡馬なのだから、見合うだけの血統馬につけられていたはずだ。競馬で走らなくとも牝系には細々とでも残ると、現実的に捉えていた。血統的には、オールアズワンはこのメンバーでも勝負できていいと思った。

思いきって息子を預けた。ひとりで行かなくてはならないと思った。
急に参観日を知らされた母親の心境で、去年のブライアンの孫に掲示して以来、押入れにしまい込んでいたナリタブライアン産駒横断幕を引っ張り出し、ヒートテックインナーを着込んで、札幌競馬場へ走った。今年は最初で最後の掲示になる、父として出走した数多のレースを見守ってきた、ナリタブライアン幕。そして、形見の、ナリタブライアンのたてがみの入った小瓶を、バッグのポケットにしのばせて。

おじいちゃんになったナリタブライアンが、2001年に泣いたタイトルを獲りにくるといいな。

2歳たちがパドックに出てきた。

 

101002_2札7札幌2歳S_アドマイアヤセプター_パドック

101002_2札7札幌2歳S_アドマイアヤセプター_パドック

早々に周回をはじめるアドマイヤセプターは、銀のさじが口元に見える、とてもキレイなコ。皮膚がツヤツヤ。なぜかオトコ馬にも見えた。いいのか悪いのか。栗毛流星、モロに好みのはずなのに、当歳時のアドマイヤグルーヴに感じた強烈な輝きほどにはときめかない。

それが普通の時空の流れなのか、そこまでオールアズワンなのか。

今夏はうっかり胸の鐘をガンガン鳴らす牝馬に出会ってしまって、顔はあの仔が3秒6差の大楽勝だなと、よけいなことまで考える始末。

(そして写真はすでに騎乗後)

 

101002_2札7札幌2歳S_オールアズワン_パドック02

101002_2札7札幌2歳S_オールアズワン_パドック02

オールアズワンが出てきた!赤いメンコにピンクの頭絡、だけど明らかにオトコ馬。やけに目があってドギマギする。ごく正直いうと、三白眼気味で、ちょっと怖い。

い、いやいや、鹿毛の父と異なって、母とおじいちゃんから受け継いだ黒鹿毛の馬体を見よう。クラシックディスタンスも走れそうに見える。気がするだけだけど。

メンコの下から細く白がのびている。素顔が見たいなぁ。

 

101002_2札7札幌2歳S_ギリギリヒーロー_パドック

101002_2札7札幌2歳S_ギリギリヒーロー_パドック

馬名になんだかなと思ったギリギリヒーローに感激。

そのまんま母系のハデハデなルックスで、父ちゃん(ジャングルポケット)の気性!

…前走も喜んでなかったか?

 

101002_2札7札幌2歳S_オールアズワン_パドック01

101002_2札7札幌2歳S_オールアズワン_パドック01

アドマイヤセプターが数度立ち上がるなど、2歳らしいパドックのなか、オールアズワンは2人引きで、静かな闘志を燃やしているかに見えた。

引いている方が幾度もやさしく肩をなでている様子を見て、無性にありがたかった。本当にやれそうな気がしてきた。

オールアズワンに感化されて、弱気なわたしの本音も立ち上がった。

騎乗命令から地下馬道に消えるまでオールアズワンを見送り、スタンド前へ走った。

札幌開催でこんなに走るのは、今年まだ2度目だ。

本馬場入場。

アンカツはいつもの表情。オールアズワンの返し馬は悪くない。絶対悪くない。

傷つきたくない自分にかけた保険を、半額くらい解約して。

ゴール板前で観戦したレース。オールアズワンが赤いメンコを外していた。ピンクの頭絡をつけて、おデコに星を、鼻筋に細い白をのばしていて、「あっ、おじいちゃん!」と感激。それ以外の記憶は、すでにない。

最後の直線に向くころにまだ先頭にいないというだけで、弱気が「夢は夢」と耳打ちした。

目をふさごうとした。
現実と対峙する!自分と闘って目を見開くと、前を捉えたオールアズワンが先頭を交わそうとしていた。

声も出ない。

目だけが必死に馬群のオールアズワンを追う。

入れ替わって先頭に立ったオールアズワンがゴール板を駆け抜けた。

ぽかん。

夢?じゃないよね?

夢みたいな、夢みたいな?これ、夢?

こういうときって、キャーって叫んだり、うおーって泣いたり、するものじゃなかったっけ?ウイングアローが第一回JCダート勝ったときは、一緒に観ていた仲間と抱き合って叫んで泣かなかった?

まっ白。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

ねぇブライアン、あなたが軽率に勝ってきた重賞の重みを、10年間もかけて思い知らされてきたね。あんなに待ちこがれた。ゆっくり待とう。交錯してきた思いが成就すると…。

ブライアンへ通信していると、じわじわと実感がわいてきた。そうなんだ、こんなにもずしりと重たくて、天にも昇る気持ちなんだね。表現できないね。うれしいの最上位は、こんなにも言葉にならない。

オールアズワンの単勝馬券といっしょに握りしめていたナリタブライアンのたてがみを見たら、あふれる気持ちがこぼれそうになるから、目を逸らして、きゅっと強く握った。

月曜におじいちゃんのお墓で会ってきたばかりの、ブライアンの孫を今は追いかけている東京の友人を思うと、ひとりでこんな偉業に立ち会ってしまったことが申し訳ない。一緒に観ていたら、やっぱり二人で唖然としたのかな。がっちりハグで号泣するんだろうか。

 

101002_2札7札幌2歳S_オールアズワン_ウイナーズサークル01

101002_2札7札幌2歳S_オールアズワン_ウイナーズサークル01

ウイナーズサークルへやってきたオールアズワンは、やっぱりおデコに星、鼻筋に細長く右にずれて白がのびていた。おじいちゃんっぽいマークがいとおしい。ちょっと目が怖い。その目がやっぱりやけにあう気がする。うれしいけれどごめんね、あんまり見られたら泣く。

オールアズワンの肩にかかるレイ。ステークスウイナーだけが手にする勲章。

ナリタブライアンは本当に忘れ物を取りに帰ってきた。
冷たい秋風が涙をさらってくれるのをいいことに、まばたきもせず、オールアズワンからときおり目を逸らし、空を幾度も見上げた。新冠みたいな秋の碧が広がっていた。

すごーくがんばったね、オールアズワン。

ありがとう。

そしてブライアン、ありがとう。

あんなにもやすやすと奪取してきた重賞の重みと至福の歓びを、いま、かみしめてる。

帰宅してからは、疲れ果てて目がしょぼしょぼしても、深夜までJRAのサイトとスポーツニュースを眺めて、デジカメのデータをプレビューして、ブライアン仲間と話してもなお、夢心地をじわじわと堪能した。

来春は、実に9年ぶりに、2歳戦から盛り上がっていくクラシックを迎える。

宝物を抱えることは、決して重荷ではないはずだ。

重荷にならない程度の器にわたしがなればいい。

なってみせる。

ナリタブライアンと南井克巳騎手がエスコートしてくれた、競馬への扉。

ナリタブライアンが再び開いてくれた扉に飛び込まなければ、かの三冠馬の名が、そしてそんな名馬を追いかけてきたわたしの名がすたる。

おかえり。

ただいま。

競馬とは、愛情を積み重ねてうまれた宝物がつむぐ歴史に他ならない。


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