ビワタケヒデ肥ゆる秋
「ぼくはビワタケヒデですか」
(父Dangizですが『ビワタケヒデ』をご堪能ください)
2010年10月9日。3連休初日は、十勝・池田町へ出かけた。
やたら躍起になっていた。本来ならば土曜に出かけたいと思えど、金曜は帰宅するなり声も出ない。結局は土曜にゆっくり起きて買い出しや家事を済ませ、日曜に出るのが慣例。だから3連休じゃないと十勝にはちょっと行けない。
ビワタケヒデに話したいことがあった。日を増してすっごく顔を見たくなっていった。天気予報では日曜は雨が降りそう、他に見学者の予定があると知り、負けてられないと意味のわからない対抗心を燃やしたことにも起因するかもしれない。とにかくツル首状態で土曜に向かうことができた。
6時前にクルマを発進、執行猶予の身分なので(ナリタブライアンのお参りの帰り、反則金と減点の罰を受け‥‥)超安全運転、占冠から高速道路に乗る。十勝平原PAって、ステキな名称。休憩して、BGMをドリカムに変更する。池田町といえば、DCTの吉田美和ちゃんでしょう!今回は「monkey girl odyssey」を大熱唱。
いつもならば息子には、絶対に行くと確定しない限り、予定を話さない。わたしの性格でもあり、息子の自閉的性質にも無難であり。決意表明を兼ね、次の連休はタケヒデのところへ行こうと伝えてあった。息子はたいそう喜んで、保育園でみんなに言いふらしていた。「おかあさんがげんきがのこっていたら、いけだちょうにタケヒデにあいにいくんだよ!」保育士さんたちには「『たけひで』さんって、ご親戚でもいらっしゃるんですか?」と聞かれた。まぁ、そんなものです。わたしの隠れた弟というか、長男というか。
峠では濃霧に襲われ、間欠でワイパーを入れなくてはならないほどの空は、池田町に着くころにはかろうじてくもり空。小休止していた息子も目を覚まし大興奮。
無性にドキドキして、牧場の手前でクルマを停めツイートして、なぜかお化粧直しをして、いざ牧場へ。
最初に行ったときは1.2kmくらいだったと記していたかもしれない。一般道路から脇道に入りじつに1.7kmほどの砂利道を進むと、ようやく牧場の事務所に着く。
札幌からここまで向かうまでの4時間半、牧場の方々は汗水流して働いていらしたのだと思うと、本当に気が引ける。快く出迎えてくださるからなおのこと。
前回の訪問時には息子がギャン泣きしたワンコのコロが出迎えてくれた。一瞬ギクッとした息子に、いま我が家で預っているワンコとは仲良くなれたでしょう、このコも息子と仲良くしたいのだと言い聞かせると、たちまちじゃれあって歩きはじめた。習うより慣れろだなぁ。
いつもならばどこからともなく現れる場長さんも、他の方も見当たらない。厩舎から物音がかすかに聞こえるので、大きな牧草のロールがちらちら動いている厩舎を覗きにいく。馬が膨大に増えたことと翌日の天候が不安なので作業前倒しと、作業が山積みのご様子の場長さんたち。うぅ、こんなときに申し訳ありません…
タケヒデの放牧地は最初に訪れたときと同じ、奥まった広い場所だと案内される。すっかりわたしたちの来訪を恒例行事のように受け止めていただいているご様子で、「おかまいできないけれど、よければ好きに見ててください」とおっしゃっていただいた。
それじゃあ…
ん?
場長さんたちが作業中の厩舎を出てすぐ隣のパドックは、もともとビワタケヒデを受け入れるときに準備してくださった場所。タケヒデの血統や勝ち鞍が記された看板をかけてある。ここに黒鹿毛でハナの白い馬がいた。さすがのわたしも疑いはしなかった。万が一、タケヒデがこの2ヶ月間で激太りしたとしても、ハチまでは太るまい。たてがみも違う。彼は彼でかわいいのだけど、タケヒデとはあまりに雰囲気が、放つもの受けとるものぜーんぶ違う。
勢いよく駆け寄ってきた馬は、おとなしく鼻面を撫でさせてくれて、フンフンとにおいをかぐ。かわいい。のも束の間、ツーショットで記念写真をと頭絡のアゴ部分をつかむと、ブンブン振り回される。軽く脳震盪。クビ強っ。
で、キミは誰?父ブライアンズタイム・母パシフィカス、1995年4月29日生まれの黒鹿毛牡馬、主な勝ち鞍はラジオたんぱ賞って。知っている馬と違うんだけどなぁ。
アグネスワールドだった。わー!
兄ヒシアケボノ(の馬体重と、森先生の輝き??)には魅了されてきたひとりなので、もちろん弟のアグネスワールドもずっと観てきた。気性が激しく、1200メートルでも長いと言われていた。Dangizの仔らしく(?)故障に泣かされてきたものの、ずいぶん活躍してきたと思う。日本でG1が獲れなかったことを、今振り返っても信じられないくらい。
そういえば種馬となってからのアグネスワールドの活躍はあまり耳にしなかったな。受胎率が著しく低く、後年は2割ほどだったという。
種馬を引退しても気の強さは相変わらずで、馬房を掃除しようと入るスタッフに突進しては噛んで振り回し地面に叩き付けるという。いまでは馬房とパドックの通路を開け放し、出入りを彼の自由に任せ、パドックのボロ掃除すらさせてもらえないため、限界まで溜めては厳戒態勢で片づけるという。血の気が引いた。そんな馬にベタベタしちゃったよ…
魅惑的な道草をくってしまった。さて奥へ奥へ。
ずんずん。
友情出演:コロ&息子
一般道から入る、1.7km続くまっすぐな道の終点に面した放牧地の裏手、林の奥にある広い放牧地に、今日もタケヒデはいた。思いっきり遠い。どのくらい大きな声を出して大丈夫かな。「ターケヒデー」「タケヒデー」「来ちゃったー」
…絶対聞こえない距離だよなぁ。
一寸考え、大きく腕を振りながら呼んでみた。
気づいたタケヒデが、放牧地メイトのグラフティを連れ立って、こちらへ向かってきた!
接待係のコロが放牧地へ入り、タケヒデたちのまわりを走り回っては急かすように吠えたて、ちょっとキレたグラフティを置き去りにして、タケヒデが馬栓棒の前までたどり着いた。
じーん。すぐ来てくれた‥‥‥
左利きのわたしは、どうしても左手が出てしまう。眼球のない右側から手を出されるのはタケヒデも不安だろうと注意してはいるのだけど。タケヒデはそれも気にせず、おとなしくおデコを撫でさせてくれる。うっうっ。次に会えるときまで残るほどぬくもりを感じさせておくれ(´;ω;`)
首すじを撫でながら身体を見てみる。うっすら浮いていたあばらがまったく見えない。正面からだとちょっとフグみたい。太ってる!
「ようやっとふっくらしてくれましたよ、先日はまたちょっと食が細りましたけどね」と、手を休めていらしてくださった場長さん。
グラフティが検査のため、一週間ほど家を空けたんだそうだ。そのときのタケヒデときたら、ひたすら寂しがって船ゆすりに遠吠え(いななき)を繰り返したという。せめて視界に馬が入るようにと、アグネスワールドのお隣のパドックに放したけれど、やっぱり寂しがっていたんだそうだ。夏場はそのパドックでグラフティと仲良くガブガブしていたタケヒデ。どんな気持ちで過ごしていたんだろう。また寂しいとき、わたしでよければ呼んでね。おじいちゃん3人くらいに死んでもらうから。
グラフティはアテ馬候補として育てられてきたが、どうも種馬候補でもあるらしい。ん?サラ(ブレッド)ではないっぽい?とは思ったが、やはり彼の父はハフリンガー(ハーフリンガー?)だそうで、それも血統もなかなからしい。非常にうるさい父馬の血を継いでいたと最近言われるほどに逞しく成長し、いまはタケヒデのちょっかいにマジ切れすることもあるとか。
目の前でそれが証明された。
グラフティの頭絡のアゴ部分をガブッと噛んだタケヒデに、グラフティは果敢に応戦。立ち上がって馬ボクシング。あなたたち、当歳馬のお戯れみたいなマネを…ケガだけしないように…かわいい…
彼らが仲良しなのは変わらない。去年のように、タケヒデの半歩後ろをついていく大和撫子ちゃんではなくとも、やっぱりグラフティとタケヒデの関係はしっかりと築かれている。こんなふうに仲良く暮らす成馬牡馬って、浦河のアエルでは見られただろうか。と思いながら、タケヒデにばかりかまいすぎて申し訳ないので、グラフティにもおっきなクローバーの束をあげて撫でていたら、なんとタケヒデは耳を絞り、グラフティの首根っこをがっぷりかじった。タケヒデ怖っ。
とはいえ、やはりタケヒデは種馬をしていたとは思えないほどおとなしいというのが、こちらの場長さんの見解。
元種馬だとたいていはできない、馬房に馬を置いたままのボロ出し作業も、タケヒデなら平気でできるという。
「アグネスワールドもあれでしょう?来月来る予定の種馬(驚いた。アイツももはや引退とは)もそうだと言うし。でもタケヒデには誰も蹴られたこともないし、怖さを感じないんだよね。寂しがったり、ストレスがたまってイライラしているときもあるけど、これまでずーっと大事にされてきたってわかる馬だよね」
ほわっとする。
ビワタケヒデは長い旅をしてきた。15歳、競馬で走ってきた期間は1年にも満たず、競走生活の何倍もの年月を、引退馬として過ごしてきた。1994年、全兄が三冠馬となった翌春に誕生したタケヒデ。全兄に似ているし、さぞや宝石のごとく扱われてきたことだろう。ちょっと尊大な態度がそれを物語る。馴致を経て、トレセンに入り、戦慄のデビュー(競走中止)から夏のラジオたんぱ賞を制したものの、屈腱炎であっけなく引退して、CBスタッドに移動。そこから何度も引っ越して、用途を変更され、いまはここに落ち着いている。と、思いたい…としか言いようのない現実。
たくさんの人がタケヒデに関わり、お世話をした。すべての方とのご縁がよいものだったから、タケヒデはいま、こんなふうに高貴なプライドをへし折られず、穏やかであるのかもしれない。
そうだね、タケヒデ。
CBスタッドの場長さん然り、たくさんの方々がタケヒデを大事に思ってきたんだって、今年は改めて知らされたんだ。なぜだかわたしまで誇らしく思ったよ。
ひとり放牧地の前に残り、そんな出来事を報告した。
ゆっくりと繰り返し、本当にタケヒデが理解してくれるんじゃないかと期待できるまで、じっくりと伝えた。
タケヒデは黙って聞いてくれた。ときどき首を上下する。
ぷいっと横を向いたタイミングには、たまらず吹き出した。お気に召さない話だった?
それでね、今日はたってのお願いがあるんだ‥‥‥
タケヒデを牧柵に横付け状態まで呼び寄せて、手のひらで背中をぐいと押してみた。
予測もつかなかったであろうアクションにタケヒデはちょっとたじろいだ。ごごごめんね。
「背中がいい」ってよく言われるじゃない。それってどんなものか知りたかったの。タケヒデの背中を知りたかったの。
見ても、触っても、わたしには、善し悪しはわからなかった。
…まいっか、わたしにわからなくたって。あたたかいことだけはよーくわかった。知っている人がいる。期待する人がいた。そしてタケヒデはいま、元気にコロコロしている。今度はメタボの心配をしなきゃならないならば、それはわたしの新たな楽しい任務だ(これが申し訳ないので、馬の用途を問わず、牧場見学時に馬へのお土産はもたない)。
グラフティに「ストーカー今日もキモい」とでも耳打ちしたか、2頭は連れ立って放牧地の奥へ向かっていった。背景のグリーンが色づいていて、どんな著名人にも描けないような美しい眺め。
カメラを地面に置いてしゃがみこみ、ただタケヒデとグラフティを見ているだけで、あっけなく時間は流れる。午後から作業が追い込みにかかっているという。お昼休みと同時においとましなければ。希少な時間、ファインダー越しではもったいない美しさを、肉眼でたっぷりと堪能。写真なんて少なくていいやい。
おおお、そうだ、タケヒデ。
先々週くらいからね、ずっと聴いてる曲があってね、それがタケヒデに会いたいっていっそう強く思わせたんだ。iPodを聞かせるわけにはいかないので、小さな声でわたしが歌った。桜井さんには遠く及ばないけれど、タケヒデに歌うならわたしのほうが適任だもん。
Mr.Childrenのアルバム「IT’S A WONDERFUL WORLD」に収録されている最後の曲「It’s a wonderful world」。
忘れないで 君のこと 僕は必要としていて
同じように それ以上に 思ってる人もいる
侮らないで 僕らにはまだ やれることがある
手遅れじゃない まだ間に合うさ
この世界は 今日も 美しい
ストリングスの美しい旋律に彩られたこの曲を久々に聴いたとき、ビワタケヒデが真っ先に浮かんだ。十勝に移動してきても、タケヒデの見学客は20名程度はいらっしゃるという。「こんなにいるとは思わなかったですよ」と笑う場長さんに、意味不明に胸を張った。わたしの周囲には、タケヒデに会いたいと思っていて、まだかなっていない人がいるんだと話したら「ぜひ遊びに来てくださいってお伝えください」とにっこりされた。
このところまたぶり返していた贖罪を棚に上げて、ただただタケヒデの動向を左脳に焼きつけた。
あーおしっこしてるよ。あははは。
ナリタブライアンが腸閉塞に倒れた3日前に、わたしはCBスタッドで彼を見学していた。「おまえのせいだ」競馬仲間の言葉は、冗談でも痛かった。
死んだときには、数多の見学客にも愛想よく対応したストレスにも起因しているのではないかといわれた。わたしも加担したと、わたしがブライアンを殺したんだと思った。
ビワタケヒデがノーザンホースパークに移動したときには、明らかに元気がなかったのに、それをスタッフの方にうかがわなかった。ひょっとしたら、去勢直後だと勝手な判断をせず、これまでのタケヒデがこんなに痩せて瞳に輝きのない、立つのもおぼつかない気性ではないとわたしが伝えたら、予後は変わっていたかもしれないと思った。ずっと悔やんでいる。
時間がきれいさっぱり洗い流してくれるようなことじゃあない。死ぬまで背負ってく。せめて、それを糧にできる自分になれるよう努力することが、わたしの任務だと思うように努めている。どんどん顔に刻まれていくシワの数ほどに、まっとうになっていけるように。けがれのないタケヒデと向き合えるように。
お昼休みに入った場長さんがいらしたので、ちょっとお話しして、往復9時間を要する、1時間半ほどの逢瀬は終了。
「次はいつかな?」
いつだと明言できないのがつらいところ。でも、「十勝の雪景色のタケヒデにも会ってみたいです」とだけ答えて、スーパー女子’ズの見学は次のお楽しみにとっておいて、おいとました。
なんとなく池田町を離れたくなくて、池田町内で寄り道。
池田町のワイン醸造は有名だけれど、原料のぶどう収穫量は多くない。
決して広大とは言えないぶどう畑を眺めながら、タケヒデのしみ込んだ土が、少しでもおいしいぶどうを育てたら楽しいなと思った。
招かれて味見させてもらったぶどうは、つまんだ指がすぐに色づくほど濃くて、酸味のある懐かしい味がした。
もうすぐこの平野に初雪が舞うだろう。
タケヒデは、どんな表情で十勝の空を眺めるんだろう。
銀世界にたたずむタケヒデを想像しながら、次の日までは、夢で逢おう。
それまで、どうかどうか、元気で。
今回も、元気なタケヒデと、今日のタケヒデがあることと、どちらにも深く感謝。
ありがとうございました。
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