
Xには年に2度だけ、ナリタブライアンのお墓参りを投稿してきた。ここ数年はそれすらしていない。こっそりと皆勤年数を伸ばしている。
5月2日の札幌はひどい雨模様だった。3日の朝は重たい雨雲から青が少し見える空。恵庭あたりから完全に曇り、苫小牧から門別までずっと雨だった。
前日にお天気が悪くても傘を持たず「晴らしてくれるから」と何の疑念もなかったのが、ここ数年は謎の申し訳なさから「そろそろかも」と思うようになってきた。
彼が空へ昇ったのは1998年9月27日。命日と誕生日の5月3日には今も欠かさずお墓参りをしている。雨のなか青空が射してかろうじての年もあった。それでも晴れなかった日は一日たりとてない。晴れの特異日と言ったのはもう10年以上も前だと思う。それ以降も年に一度ならず2度のお参りで晴れてくれているのだから、これはもう見えざるちからに他ならないと思う。
日高道の現在の最終地点、門別厚賀に降りてもフロントガラスを打ちつける雨。そっか、これまですごすぎたね、いつもありがとう。ようやく雨景色のお墓をみられるね。そう思いながら車を走らせ続けると、サラブレッド銀座で唐突に晴れた。道東から同じく欠かさずお参りに来られる友人はひどい土砂降りに見舞われながら峠を越えて日高に入り、やはりサラブレッド銀座で突然の晴れた空からの陽光に歓迎を受けていた。

お墓の前で落ち合ったわたしたちは、挨拶よりも先に互いの顔を見てただただ声をあげて笑った。それだけですべてが理解できて伝わる素晴らしい関係でいてくれることに感謝。
まずはマンマ優先。彼女は5月4日が命日。お花を手向けるとまあるいおしりの鹿毛が見える気がして、自然と膝をついて手を合わせている。

次は偉大なるご子息。道東から来られる方よりもわたしの方が運転に不安があるから札幌方面の雨を控えめにしてくれたのかな。年季の入ってきた墓石をなでると温かかった。ここに来たころには幼木だった後ろの白樺がいっそう丈を伸ばしていた。
今年は静内の桜まつりも終了していたのにも関わらずかなりの交通量があって、なんならみんな今日が晴れると思って出発したのかなとすら思う。

(放牧地の深いぬかるみが直前までの大雨を示している)
お墓の前では今でもなんらかのトリガーで二人とも泣いてしまうけれども、基本は心穏やかに笑顔で近況を話し合ったり、昔話を繰り返したり。移動時間の1/10近いほどの滞在だけれども、なにかをもらった充足感に満ちて笑顔で別れる。なお友人からいつもいただくお土産の中でも特に陸別町の混ぜご飯の缶詰めちゃめちゃおいしいです。
もう26年×年に2度。もうじいちゃんなんだから無理せずとも、わたしたちは足腰立たなくなるまで聖地巡礼に来るから。そう思いつつもこの日の新冠が晴れるとそれだけでなにかあたたかいものが胸にあふれてくる。
死者を弔うというよりは、あなたのこと今も好きですと伝えにいっているようなものだと思う。好きでしているだけなのに見返りまで偉大なナリタブライアン。

引退式前のトレーニングを始めていたナリタブライアン。
見学者のマナーが叫ばれた時期だったけれど、撮影のためにと止めてくださった乗り手さんの指示に素直で威圧感がなくただ静かにたたずむだけのブライアンを前に声を出せる人はひとりもいなかった。