〜long as grass grows,water runs

naritabrian.com


生と死を旋回する金魚

Posted on 26/09/2010 11:13 by なわでいず
1999年_CBスタッド_ナリタブライアン没後の放牧地

1999年_CBスタッド_ナリタブライアン没後の放牧地

昨日は暗くなってからケータイの電源を入れた。

静かに過ごしたかった。気の利いたことが言えるでもなく、文字は打てても口はあんまり饒舌でないし。だけど、そろそろ来るかな、あるいはかけようかなと思う人がいた。

案の定、お決まりの時刻に、その人から電話が入った。

東京の競馬仲間、否、ナリタブライアン教の信者とでもいおうか。そう、わたしたちナリタブライアンを今でも慕うファンは、もはや「ナリタブライアン教」の熱心な信者なんだとむしろ誇らしく思う。

彼は珍しく、ネットもしないし、携帯にメール機能をつけていないので、何かあれば電話になる。

お礼だったり、文字で伝えきれると考えがたいこと、大事なことだけでも電話でと思うわたしのライフスタイルにも、それなりに文明は開花していて、ちょっとざん切りアタマにもなっていたんだなと実感する。

ちょっと飲んでしまってグラグラしていたけれど、焦らずはしょらず、彼と長電話をした。

振り返ると彼とは12年も前から面識がちょっぴりあった。お互いナリタブライアンのファンで、彼は毎年早々にブライアンのお墓へ立派なお花を供えていて、名前だけは存じ上げていた。どこの方なのだろうと思いつつも、CBスタッドやナリタブライアン記念館にたくさんの見学客もある中、どなたが彼なのかは、知らずにいた。

最後の館長さんと近しくなり、毎年お参りに訪れるファンが絞られてきて、館長さんと話す人が特定数になり、彼とも引き合わされた。見るからにおしゃべりとはとうてい想像できない雰囲気だった。

ナリタブライアン記念館の閉館が決まった2008年の命日の夜、館長さんと彼と閉館まで過ごし、夕飯をご一緒させていただいた。

お酒が入り、ナリタブライアンの話題を振ってからの彼は、かつてCBスタッドで場長さんとわたしがそうなったように実に饒舌で、わたしもすすんで金魚になった。

以来、彼とは長年の関係だったかのように、ブライアンの産駒の写真や馬券を郵送で交換したり、ときに翌日の仕事がつらいほど長電話をしたり、命日には時間をあわせて、ブライアンの残り香のする場所で語らっている。

金魚は30秒前の出来事を忘れてしまうんだそうだ。だから小さな金魚鉢の中でぐるぐる泳いでいられるのだと。

わたしたちは、9月27日、ナリタブライアンの命日以外、ブライアンのいた場所でしか会ってこなかった。それでもなんとなく「去年からもはや一年も経ったんだねぇ」と繰り返した。わたしたちは面識のなかったころから、同じ思いをしてきたと確認しあう作業がどうしようもなくうれしかった。ブライアンの朝日杯はどうだった、皐月賞は、ダービーが、菊花賞で、有馬記念が、阪神大賞典はと回顧して、引退しスタッドインしてからの短い種牡馬生活で見学したときの思い出を語らい、死んだときの悲しみを共有し、産駒を必死に追いかけてきた報告をしあう。大半が目新しいことではなく、幾度も話したことでも、お互い飽きることなく繰り返した。金魚のように。

それは、2002年の暮れに閉鎖するまで在職された、CBスタッドの場長さんとわたしがしてきたことでもあった。

初めて一対一で向かい合った場長さんが唐突にぽつりとおっしゃった。

「ブライアンはほんとうに手のかからない馬だったよ あんな馬は今までいなかった ほんとうにいなかった」

ネイビーのCBスタッドのトラックの助手席で震え、首すじにまで伝うものを拭えなかった2001年の命日を思い出す。

場長さんはそれから、ブライアンは我慢強くて疝痛も人に訴えないから注意が必要だったこと、タケヒデはどんどん種馬らしく手がかかるようになり、ブライアンズタイムのような威厳がちょっぴりついてきたことなんかをうれしそうに教えてくださった。

ブライアンのように見学客までにもサービス精神旺盛な種馬は、それは手を煩わせられなくとも、それが仇となって、手の打ちようのない状態まで疝痛を我慢して、場長自身が「目をつぶらせてやってください」と言わなくてはならなかったことを、場長はひどく気に病んでいらっしゃった。死後半年以上もの間、毎晩ブライアンの夢を見たとうかがったとき、聞いてはいけないことを聞いてしまったと、わたしもしばらく苦しんだ。だからおなじく繊細そうな顔をしたタケヒデが、ブーブーうるさいくらいの元気があって、ほっとしていたのかもしれない。

場長さんは馬の手入れも入念で、ろくに休みもせず、ナリタブライアンやビワタケヒデの仔が無事に産まれたら見に出かけられて、「どこそこで生まれた仔はいいとこいくと思うよ」「あそこの仔はタケヒデによく似てる」と、タケヒデの鼻面を撫で(もっとも、おえらいちゃんのタケヒデは耳を絞っていたのはさておき)、目を細めてわたしに教えてくださった。おそらくレースもほぼ欠かさずグリーンチャンネルで見てきただろう。「あの馬はまだゆるい。成長途上なんだろう」「身がしっかりするまで時間がかかるだけ。もうちょっと長い目で見ていきたいな」そんなことを、プロの視点から解説してくださった。

一方、ブライアンの仔どもたちのG1だけは(ブライアンズレターのエリザベス女王杯は除き)すべて現地へ駆けつけたわたしも、同時にセリや競馬場へ赴いて見てきたタケヒデの仔たちのそれとあわせ、彼らの写真を持参し、自分から見た印象を報告した。

そのうち時間は遡り、ナリタブライアンが現役だったころの強さと脆さを語り、スタッドインしてからのブライアンの様子を語り、生命を絶たなければならなかった「あの日」を回顧する。

こうして時系列でまた現在へ戻り、今のタケヒデについてや、ブライアン産駒やタケヒデ産駒の戦績や姿かたちについて語らう。

それを何年も繰り返してきた。

過去のことは何度繰り返しても同じなのに、それでも幾度でも話した。わたしたちは志願して金魚になった。

タケヒデの仔もこれからもっと走ってくると、場長さんはいつもわたしとタケヒデに話してくれた。それもタケヒデが去勢された今、かなわなくなった。せめてBMS(ブルードメアサイヤー)としての小さな活躍を心から願うばかり、何より半身マヒは回復したものの、右眼球を失い、5度のお引越を余儀なくされたタケヒデ自身の無事を祈る日々。

前のエントリ「ビワタケヒデを本当に好きなのか考察した」で記したのは、どことなく種牡馬として「偉大なる全兄のピンチヒッター」を嘱望していたであろうタケヒデへの現在も尽きない想いへ自信が持てなかったことに起因している。

けれど実際には、ナリタブライアンのファン全員がブライアン産駒を追いかけたわけではなく、パシフィカスの他の産駒たちの競走生活から現在の繁殖成績に至るまで、一切関心を寄せているわけでもない。それについて是否などあるはずがない。むしろ、場長や館長、彼とわたしは、ビワタケヒデのファンでもあったと確認できている事実となりうる事象なのかもしれない。

想いを共有できる人とならば親しくなりたいとワガママをいうわたしが連絡を取り合う人はさして多くなくて、ほぼぴったりマッチするのが、まさに彼だった。

ブライアンの話は何度でもしたい。同じように、ブライアンの仔、そしてタケヒデのこと、タケヒデの仔たちのことも、幾度でも語らいたいという価値観を抱いていた。

言うまでもなくナリタブライアンが大好きだった。そこから派生して、ビワタケヒデも全力で応援してきた。デビュー戦で気を失うような恐怖を感じたこと、ラジオたんぱ賞で絶叫したこと、小倉記念でも気を吐いて、いざ菊花賞というところで応援馬を失ったこと…そうしてブライアンだけでなく、タケヒデのこともたくさん話し合ってきた。

ビワタケヒデが十勝・池田町に移動してから、彼はまだタケヒデに会っていない。運悪くここ数年の彼はブライアンの命日前後に忙しく、一泊しかできないことが多い。それを惜しむ彼に、池田町まで行ってきたわたしの記憶を必死に引き出し、牧場の雰囲気やタケヒデの様子、どんな放牧地でどんなふうに過ごしているかを報告する。ヘタクソな饒舌をウンウンと聞いてくれる。ヘタクソな写真にいつまでも見入ってくれる。

今年、ナリタブライアンの十三回忌にも、わたしたちはわずかな時間、赤い尾ヒレをつけ、金魚になりに行く。ブライアンだけ一筋に追いかけてきた方々も、タケヒデの話はニコニコ聞いてくれる。タケヒデ部隊の彼とわたしが語り部となり、ビワタケヒデの近況報告はわたしが意気揚々とするだろう。うっかり浦幌町まで行きそうになった恥ずかしい前置きなどは隠して。

まずはお墓をきれいに掃除しようと話している。ピカピカにしたブライアンの墓前では、もちろんみんなの左脳に刻まれているブライアンの話題でスタートが切られるだろう。じきに金魚になるわたしたちの会話の7割がタケヒデになってゆくとしても、ブライアンは笑って見ていてくれるだろう。思い出はどれも鮮明で、わたしたちの目の前には土を掘り起こしてウーンとノビをしてブライアンが出てくる。ビワタケヒデは馬房で息をしている。金魚とて29秒前の記憶はある現実も、同じだけわたしは大事にしていたい。

 

9月27日、新冠の丘にたたずむわたしたちと、池田町で草を食むタケヒデを照らす太陽は、ナリタブライアンそのものだ。

 

今夏どれほど暑くても手放せなかったのが、UVカット効果も併せ持つ今治ガーゼタオルマフラー。老化が目立ちやすい首を守ってくれるし、汗はとってくれるし、2本じゃ足りなくなる〜


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